ロッソ・ファミリー百年史
本記事はアニマリア市民百科事典「アニマロペディア」の項目である。 年号は TMA-Timeline に準拠。組織の現況は Rosso-Family を参照。
ロッソ・ファミリー(Famiglia Rosso)は、大都市アニマリアの五大ファミリーの一つ。南方系移民のワイン商・職人ギルドを母体とし、AE 9年の相互扶助組織結成を創立年とする〔審判院登録記録・家格台帳第1号〕。「血の絆、一族の誇りと名誉を」を家訓とし、五家協定(Pax Animalia)の起草家の一つとして知られる。
この記事の中立性には議論があります。 本項の一部はロッソ系興行紙『ヴォーチェ・ロッサ』の記述に依拠しており、他家系編集者から「美化が過ぎる」との指摘が繰り返されている(ノート:ロッソ・ファミリー百年史 を参照)。
概要
ロッソは五家のうち最古の系譜を主張する組織である(この主張はニンキョウ組系編集者により毎年差し戻されている。→ TMA-History-Ninkyou)。ワイン・オリーブ油の流通、美術品競売、劇場興行を経済基盤とし、縄張り内の堅気からの信頼は五家一と評される。「守れなかったら全額返す」保護料の誠実経営は、TMA Times の市民意識調査で30年連続「最も頼れる裏の隣人」の評を得ている〔TMA Times AE 118年4月号〕。
前史と結成(AE 1〜30年代)
AE 3年の開府恩赦で流入した「第一移民波」には、南方系・イタリア系気質の一団が含まれていた(→ TMA-Timeline §2)。彼らは葡萄の苗木と石工の鑿だけを携えて船を降りたと伝えられる〔要出典〕。
- AE 9 — ワイン商ヴィットーリオ・ロッソを世話役として、ワイン商・石工・楽士のギルドが相互扶助組織「ロッソ組合」を結成。これが今日のファミリーの直接の前身である。当初は移民の冠婚葬祭と葡萄畑の水利を仕切る穏当な団体だった。
- AE 24 — ブロークン・バロウ大火。ロッソ組合は炊き出しと仮設住居の提供でいち早く動き、「街の顔役」として認知される最初の契機となった。この時ヴィットーリオが述べたとされる「腹が減った者に家名を訊くな」は、現在も日曜の大食卓の食前の辞である〔『ヴォーチェ・ロッサ』創刊号、真偽不明〕。
- AE 36 — ヴィットーリオの弟で芸術部門を率いたヴィンチェンツォ・ロッソが、バロック様式のオペラハウス「ヴィンチェンツォ劇場」を建立。「銃より先に幕を上げた」ファミリーとして、この時期のロッソは武力より文化で縄張りを固めた。
血の十年での役割(AE 38〜50)
AE 38年、波止場の利権を巡るニンキョウ系と北方結社の衝突(波止場戦争)が全組織を抗争へ引きずり込む。ロッソは当初中立を宣言したが、AE 39年にサングエ・ワイナリーの輸送路が焼かれたことで参戦。以後、血の十年(実際には12年)を通じて五家の中では比較的抑制的に戦ったとされる——もっともこの「抑制的」という表現には他家系編集者から〔誰によって?〕のタグが付されて久しい。
- AE 42 — サイレント・パージでロッソは幹部2名を検挙されるが、摘発の「偏り」は当時から疑問視されていた(→ TMA-Police)。
- AE 44 — 初代ヴィットーリオ死去。息子カルロ・ロッソが二代目ドンに就任。
- AE 47 — 劇場の惨劇。ヴィンチェンツォ劇場前の銃撃戦で、開演を待つ堅気の観客に多数の死者が出た。撃ち合った双方にロッソ構成員が含まれていたかは今日まで係争中だが〔審判院裁定記録第c-112号・裁定保留〕、老齢のヴィンチェンツォ・ロッソ本人が観客を庇って命を落としたことは全ての証言が一致している。自家の名を冠した劇場の前で堅気の血が流れたことは、ファミリー史上最大の恥辱とされる。
- AE 47〜49 — 惨劇の直後、二代目カルロは「ロッソの五誓」の明文化に着手。「堅気と子供に手を出さない」「芸術を損なわない」の二条は、劇場の石段の血を洗った桶の水で墨を磨って書かれたという伝承がある〔要出典〕。
- AE 50 — メモリアル・ウォール建立に際し、ロッソは劇場の惨劇の犠牲者全員の名を家の費用で刻んだ。
協定体制下の発展(AE 51〜110)
AE 51年の五家協定(Pax Animalia)は、ロッソとニンキョウ組の共同起草である(→ TMA-Timeline §4)。カルロとニンキョウ組三代目・桐生鶴松が禅任寺の茶室で協定の骨子を詰めたという「茶室起草説」は両家の公式見解だが、実際の草稿はムジカ・エテルナの前身にあたる蓄音機店の帳場で書かれたとする異説もある〔誰によって?〕。
同年設立の大同盟(The Mafia Animals)五十席には、ロッソは発足時から幹部を送り込んでいる。席次の配分は非公開である(→ TheMafiaAnimals-Origin)。
- AE 52 — 第1回バランスフェスティバルでロッソはヴィンチェンツォ劇場を無償開放。以後、祭りの初日のオペラ無料公演はロッソの伝統となる。
- AE 55 — 審判院設置に協力。初代審判員団にロッソのコンシリエーレが加わった。
- AE 72 — 二代目カルロ死去。三代目コジモ・ロッソが襲名。コジモの治世は「静かな黄金期」と呼ばれ、美術品競売(表)とカルミネ・ギャラリーの闇競売(裏)の二重構造が完成した。
- AE 89 — バロー恐慌。ロッソは美術品資産の目減りで打撃を受けたが、ゴールドフィストの決済網支援を受け入れた(→ TMA-History-Goldfist)。「あの家の金は嫌いだが、あの家の帳簿は信用する」というコジモの言葉は、以後の五家経済体制を要約するものとしてよく引かれる〔TMA Times AE 90年1月号〕。
- AE 100 — 開府百年祭。ロッソは記念オペラ『赤い葡萄』を上演。
現代(AE 111〜121)
四代目ドンナ・アウローラ・ロッソの当代、ファミリーの武の看板はカポレジームのDante(ライオン)が担う。幼くしてファミリーに拾われた彼が幹部に登り詰めた経緯は市井でも有名で、ローズ・コート騎士団を直属に置く(→ Rosso-Family)。
AE 115年の大同盟二席欠番事件(→ TMA-Timeline §6)に際し、ロッソは五家合同の調査に最も積極的だったとされるが、調査結果は公表されていない。AE 121年現在、グリッチ・ゾーン拡大と「記憶の齟齬」の流行の中でも、日曜の大食卓は一度も欠けたことがない——ロッソの結束の象徴として、市民はこの食卓の煙突の煙を「今週も街は大丈夫」の目印にしているという〔TMA Times AE 121年3月号・コラム「煙突だより」〕。
歴代の長
| 代 | 名 | 在位 | 人物 |
|---|---|---|---|
| 初代 | ヴィットーリオ・ロッソ | AE 9〜44 | ワイン商。組合の創設者。「腹が減った者に家名を訊くな」 |
| 二代目 | カルロ・ロッソ | AE 44〜72 | 劇場の惨劇を経て五誓を明文化。五家協定の起草者 |
| 三代目 | コジモ・ロッソ | AE 72〜103 | 「静かな黄金期」の当主。美術と金融の均衡 |
| 四代目 | アウローラ・ロッソ | AE 103〜現在 | ファミリー史上初の女性ドン。先代の姪。剣より聴衆を選ぶ外交派 |
※ 初代の弟ヴィンチェンツォ・ロッソ(劇場建立者、AE 47没)は当主ではないが、家史では「幕の父」として歴代に準じて扱われる。
文化・掟の起源
- ロッソの五誓(→ Rosso-Family)— AE 47の劇場の惨劇を直接の契機として明文化。それ以前は不文律だった。特に第4条「芸術を損なわない」は、五家協定第5条(中立地帯の掟)の原型になったとする研究がある〔ナイトフォール・アカデミー紀要第44号〕。
- 日曜の大食卓 — 起源はAE 24の大火の炊き出しとされる。「欠席は疑いを意味する」という苛烈な含意が加わったのは血の十年中、内通者摘発の手段として食卓が使われてからである。
- オペラ初日の家族総見 — AE 47以後、惨劇の犠牲者への追悼として始まり、恒例化した。抗争中でも正装で列席する。
- 叙任式(ローズ・コート騎士団)— サングエ・ワイナリー地下で行われる。AE 39年に焼かれた輸送路の再建を最初に成し遂げた若衆を、二代目カルロが地下貯蔵庫で直々に労ったことが起源と伝わる〔要出典〕。
- 「一皿のパスタ」 — 新参をまず食わせてから話を聞く文化。初代の移民時代、船を降りた同郷者に最初に出したのが一皿のパスタだったという由来譚が語られるが、一次史料はない。
家史年表(抄)
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| AE 3 | 第一移民波。南方系移民が入市(→ TMA-Timeline) |
| AE 9 | ヴィットーリオ・ロッソら「ロッソ組合」結成(創立年) |
| AE 24 | ブロークン・バロウ大火。炊き出しで「街の顔役」に |
| AE 36 | ヴィンチェンツォ劇場建立 |
| AE 39 | サングエ・ワイナリー輸送路焼失。血の十年に参戦 |
| AE 42 | サイレント・パージで幹部2名検挙 |
| AE 44 | 初代死去、二代目カルロ襲名 |
| AE 47 | 劇場の惨劇。ヴィンチェンツォ死去。五誓の明文化開始 |
| AE 50 | メモリアル・ウォールに惨劇犠牲者全員の名を刻む |
| AE 51 | 五家協定を共同起草(ニンキョウ組と)。大同盟五十席に参画 |
| AE 52 | 第1回バランスフェスティバルで劇場を無償開放 |
| AE 72 | 三代目コジモ襲名。「静かな黄金期」へ |
| AE 89 | バロー恐慌。ゴールドフィストの決済網支援を受諾 |
| AE 100 | 開府百年祭。記念オペラ『赤い葡萄』上演 |
| AE 103 | 四代目アウローラ襲名(初の女性ドン) |
| AE 115 | 大同盟二席欠番。五家合同調査を主導〔要出典〕 |
| AE 121 | 現在 |
逸話と論争
- 五家最古論争 — ロッソ(AE 9結成)とニンキョウ組(AE 11結成、ただし「AE 8冬の初盃」口伝を主張)の間で続く、百科事典編集史上最長の編集合戦。審判院は「家格に序列なし」として裁定を拒否している(→ TMA-History-Ninkyou)。
- 『赤い葡萄』の空席 — AE 100の記念オペラで、幹部席に一つだけ空席が用意された。「血の十年で歌えなかった全ての客のための席」と説明されたが、日曜の大食卓の「空いた席」の作法を知る者には別の意味に見えた、と評された〔TMA Times AE 100年特別号〕。
- 茶室か帳場か — 五家協定の起草場所を巡る「茶室起草説」(両家公式)と「蓄音機店帳場説」(異説)の対立。帳場説の唯一の根拠は、草稿とされる紙片に付着していたワインの染みである〔要出典〕。
- ヴィンチェンツォ最期の演目 — 惨劇の夜に上演予定だった演目は記録が失われている。ロッソは再演を一度も許可しておらず、演目名を知る者は当代ドンナと劇場の首席案内人のみとされる〔誰によって?〕。